転職では「得られるもの」だけではなく「失うもの」にも注目する(参考書籍:仕事選びのアートとサイエンス)

「転職のような経験」は、長い人生で意外と機会がない

転職活動自体が、過去にないほど当たり前のものになってきていると実感します。人材系会社が広告などで転職活動を推奨し続けているという背景もありますが、各個人の中で「一つの会社しか経験がないことが逆にリスク」だと捉えられてきているからだと思います。

各個人で転職の理由・背景は様々あるかと思いますが、どんな理由にせよ、転職自体はリスクであることには変わりません。単に、会社や職種が変わるということだけではななく、勤務場所も使う言葉も、毎日挨拶する人も様変わりする、いわば「ゼロからのスタート」というのが転職という行為になります。

人生の中でそういった経験はそう多くありません。義務教育時代は、転校がまさにそれに当たりますが、転校の経験がない人はその経験すらしたことがないかもしれません(僕はありません)。大学生になって上京を経験すると、ようやく「ゼロからのスタート」を経験します。しかし、それも転職とはやはり異なります。大学生は皆がゼロからのスタートなので、不安や喜びを周囲と共感しやすい。転職では、大きい会社ではない限り「オレだけがゼロスタート」です。

 

転職活動における見落としがちな視点

そう考えると、転職本がよく売れるのが理解できます。経験したことがないリスクや不安に関してはやはり情報がほしい。転職経験のある諸先輩方の失敗談や成功体験を知っておくことは、いささか不安を打ち消してくれそうです。

しかしそれはあくまでも先輩Aさんのケースに過ぎず、どの転職もユニークであるということを前提にしないとならない。逆に転職本やキャリアコーディネーターの方が想定する通りの転職は、市場価値を高めるという目的から反してコモディティ化するということにもなりえます。

では、自身の環境をユニークだと捉え、その転職を考えるときに注意しなければならないことはなにか。『仕事選びのアートとサイエンス (光文社新書)』の中で山口周さんは、下記のように指摘しています。

このように考えていくと、「攻めの転職」で何を留意すべきか、という点も見えてきます。それは「何を得られるかではなく、何を失うかをちゃんと考える」ということです。

人は「無い物ねだり」 という心理に陥りやすいものです。転職なんてまさにそう。人生の中で大きな構成を占める「仕事」から得られるものを「無いものだり」するのは当然といえば当然で、年収やブランド力、役職や勤務先、ビジョンからなんとなくの雰囲気まで、とても幅広く比較できる要素が取り揃ってます。 

そのときに、注意しなければならないのが、「今持っていないもの」だけではなく、「今持っているもの」を正しく認識すること。その「今持っているもの」が自分の中でどのくらい大事かをジャッジすることが大切です。

 

大手企業からの転職経験

僕は、大手企業(製薬会社)からベンチャー企業(WEB会社)への転職を経験してますが、この見立てがあまく結構苦労しました。かなり粗めに、整理すると下記のように分けることができます。

 

1)前職には無くて、転職先で得られるもの:職域/商材の幅、意思決定の総量、マネジメント経験

2)前職にはあって、転職先でも得られるもの:成長産業、営業スキルを磨く経験

3)前職にはあって、転職先では得られないもの:ウェットな人間関係、福利厚生、大手企業の安心感、同期

 

結果的には1)が3)を上回っているので、転職自体は後悔は全くしておりませんが、人間関係が大きく変わったこと、不安や焦りを共感できる人がいないことについてはかなり苦労しました。現時点でもドライな人間関係に対して抵抗がなくなった/免疫がついた、というわけではなく、ウェットな人間関係を好む人となるべく仕事を多くしたり、自身からそういう雰囲気作りをしたり、というように、環境自体を変えにいくという対策をとってます。自分の中でその価値観がいかに大切であるかということが、今ではよくわかります。

 

成熟企業 vs スタートアップ

今後、転職先を思考する際に、スタートアップ系企業に務めるというのも選択肢の一つです。一つのビジョンをもとに、そのビジョンのために仲間と切磋琢磨する日々はとても魅力的です。しかし、その中でもやはり、「得られるもの」と「失うもの」をきちんと整理しなくてはならない。それを理解した上で、最終的に「譲れないもの」がなんなのか、を自分で理解してくことが、最終的に転職先で修羅場を迎えたときに踏ん張れるかどうかの成否を決めるような気がします。

山口さんは、成熟した企業とスタートアップでは課題発見の部分から根本的に異なると指摘します。

スタートアップ企業というのは、課題を投げかけてくれる顧客の数が少ないので、構造的に好奇心駆動形にならざると得ません。十分な顧客基盤が出来上がれば、顧客の課題を解決することで事業の運営が成り立つわけですが、十分な顧客基盤がない状況では、内発的な動機に基づいて商品を作ったりマーケティングを行ったりして顧客を創造しなければならないわけです。

これを先程の観点に置き換えてみると、課題解決型の仕事が「コアスキル」で、かつ「やりたいこと」でもある場合は、一定の期間においてはそれを失う可能性が高い、ということになります。

成熟企業においては「顧客が十分にいる」というのは当たり前の状況ですが、改めてそれ自体が価値あるものだと気づきます。そしてそれが自分にとって「譲れるものかどうか」ということをきちんと整理するという作業を行わなくてはならない。これは、一念発起して転職活動をした時だけにやればいい作業ではなく、定期的に見直さなくてはならないものだと思います。

何が譲れないかを明らかにする

本書では、こうした譲れない価値観を『キャリア・アンカー』=「個人がキャリアを選択する際に、最も大切、あるいはどうしても犠牲にしたくない価値観や欲求」と紹介してます。

エドガー・シャインはキャリア・アンカーについて、「自分のアンカーを知っていないと外部から与えられる刺激誘引(報酬や肩書など)の誘惑を受けてしまい、あとになってから不満をかんじるような就職や転職をしてしまうこともあります」と指摘しています。

キャリア・アンカーは8つの分類があります。

1)専門・職能別コンピタンス

2)全般管理コンピタンス

3)自立・独立

4)保証・安定

5)起業家的創造性

6)奉仕・社会貢献

7)純粋な挑戦

8)生活様式

普段からこういった概念に触れ、自分のキャリア・アンカーはなんだろうかと思考しながら、様々な経験を経てその輪郭を明確にしていく作業も、転職活動を始めてからでは遅いのだと思います。仮に転職の予定などが全くなくても、定期的に見直す機会を作るのが良いのかもしれません。(完)

 

◆本ブログで紹介した書籍

仕事選びのアートとサイエンス (光文社新書)

仕事選びのアートとサイエンス (光文社新書)