会社員は上司に好かれた方がトクという当たり前の話(参考書籍:人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている)

上司には戦略的に好かれた方がいい

会社員である限り、上司に好かれることは必須です。それにより、昇進や昇給は言うまでもなく、マイクロマネジメントや日々の厳しいコミュニケーションを避けられるということは、幸せな会社員生活の前提になります。

 

一方で、「上司に好かれることなんて意味ない」「上司にごますって出世なんてダサい・卑怯・無能」などのボヤきは、そのへんの居酒屋で石を投げれば当たるほどよく聞く話です。

これは、上司に好かれることにコミットし切れなかったが故に不遇な対応や現状維持を強いられている大多数の会社員によるもの。

当然、偉くなる人はマイノリティなので上記の主張がマジョリティとなり、まるで一般論のように、"上司にごまする人はダサい"と捉えられがちです。確かに過剰なものはダサいどころか上司に腹のうちがバレるので避けたいものですが、会社員である限り上司に好かれるための努力は必要な行為だと考えてます。

 

感情ヒューリスティックとは

それを説明するのが「感情ヒューリスティック」という心理学の概念です。

簡単にググったところ

ヒューリスティックとは

問題解決や意思決定の際に、論理的な計算やルールに基づくことなく、暗黙のうちに用いている簡便な解決方法のこと

感情ヒューリスティックとは

ヒューリスティクの中でも、対象物への感情によって判断が変わるというもの。好きなものに対しては、そのリスクを過小評価する傾向がある

ということだそうです。僕はこの本で知りました。

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

 

 

上司の頭の中はこうなってる

人事評価は難しい

まず、人事評価や採用、配置の意思決定はめちゃくちゃ判断が難しいということが前提となります。これは、マネジャーとしても実感するところで、自分一人で意思決定するのは特に難しい。

誰の年収をいくらにすべきか?誰を昇進させるべきか?誰にどんな仕事をさせるべきか?などの、サラリーマン人生を大きく変えかねない重大な質問は、たいてい、「答えるのが難しい」

難しいとうことは、"論理的に考えても解を出すのが難しい"ということだと思いますが、こういった状況でも当然なんらかの解をださなければならないわけで、そんな時にヒューリスティックな方法をとってしまうのが人間だということです。

好き嫌いで決めてしまう

つまり、いつも決めている方法、経験則による方法です。その中で、特に感情による意思決定をしてしまうのが感情ヒューリスティックという概念で、「好き」や「メリットがある」や「リスクが小さい」というポジティブな評価を一色端に考えてしまうらしいです。これは自分の思考に矛盾がないように、無意識に思考が修正するというもの。こうして無意識のうちに矛盾がない綺麗なストーリーにすることで、納得のできる意思決定が"できている気になれる"ということです。

 

嫌いなヤツは低評価

さて、そう考えると「好かれている」ということはやはりめちゃくちゃ有利です。むしろ「嫌われている」ことのデメリットがデカすぎます。嫌われているだけで、「こいつに任せるとリスクが大きいから辞めておこう」と無意識に上司の評価が書き換えられます。本当はこんな順番になります。

(起点)あいつは嫌いだ

(置き換え)嫌いだから仕事を任せるとリスクが大きい

(結論)評価できない

こんなに損な話はありません。

どんなに努力しようが実力を発揮しようが成果を残そうが、それを解釈するのは最終的にはヒトです。そのヒトの思考がそういう仕組みになっているのであれば、その仕組みに合わせた打ち手を打つのが合理的です。組織人である限り、近道は上司に好かれることで、それがアレルギーであるのであれば別の方法を試したほうが得策だということになります。

 

上司に好かれるためには

上司のインセンティブを理解する

僕個人は僕のニーズとして上司と上手くやりたいというものが存在します。それは、その事で得られるメリットか大きいと経験則として知っているし、高い視点も手に入るからです。さらに言えば、そうやって上司に気に入られて情報を得ることで、上司のインセンティブを理解し、それに貢献するように動くことで、必要不可欠な存在となりいつの間にか同じ視点で話している、ということに努力してきました。

これは実際仕事を面白くするし、成長を早めるメソッドでもあります。

 

好かれるための打算的な努力も必要

なので、ごまをするように好かれるのではなく、上司に貢献した結果好かれるというのが個人的には美しい働き方だと思います。

とはいえ、打算的に好かれるということも虎視眈々とやり続けること。これは仮に嫌いなタイプが上司になっても貫いていきたいと思います。

 

自分も誰かのターゲット

一方で僕も誰かの上司であり、評価者という立場上、こういった思考の対象者であるということになります。その上で、自分がどう判断しているか、また判断して"しまっているか"は常に冷静でありたいと思います。そう言っても無意識に影響を与えているらしいのでコントロールの仕様がありませんが、一つできることがあるとしたら「自己完結ディベート」という方法があります。

自己完結ディベートで鍛錬する

さっき適当に考えた造語ですが、一つのストーリーに対する反対のストーリーにも思考を配るということです。

例えば、AさんはめっちゃできるからBさんではなくAさんをリーダーにしたほうがいい、という判断をするときに、その逆の立場で根拠を探るということ。その上で特に大事なのが思考の粘り強さです。

反対意見を肯定して話を進めるのはストレスだし、人間は早く意思決定して問題を解決したい癖があるとおもうので、それを意識的に粘り強く考えるという作業。

個人的には今の会社で自然と詰められたりしながら少しは鍛えることができたという経験から、鍛錬できる力なんだと思います。

今はそんなに詰めてくれるヒトもいないので自らその機会を与えないとなりませんので、ストイックにいきます。

 

結論、組織で働く上では上司に好かれることは色んなことの進捗を促すので、そのめに上司の立場になって視野を広げることと、卑しくも好かれる努力をしようということになります。(完)

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